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実業家上野健一って?どんな人物なのか調べてみた!

皆さんは、実業家の上野健一氏についてご存知でしょうか?
上野健一氏は、ノシアス理想都株式会社グループや株式会社ZKR(旧全管連)の創業者として代表取締役を務めていた人物です。
以前は、TV番組の「マネーの虎」にレギュラー出演し、志願者に対して様々なアドバイスを行っていました。
現在は表舞台から姿を消していますが、どのような活躍をされているのでしょうか?
今回は、そんな上野健一氏が出演していた「マネーの虎」はどのような番組だったのか、また上野健一氏の人物像や現在の取り組みなどをご紹介していきます。
上野健一氏について気になっている方や、どんな人物か知りたい方はぜひ参考にしてみてください。

「マネーの虎」というTV番組覚えてますか?

「マネーの虎」は、日本テレビ系で放送されていたバラエティ番組です。
2001年~2004年まで放送されていましたが、現在は放送されていません。
番組内容としては、一般人の志願者が思い描く事業計画についてプレゼンし、投資家や審査員がそれに出資するかどうかを決めるといったものでした。
投資家や審査員は「マネーの虎」と呼ばれる大物起業家が多く出演しています。
番組の司会進行は俳優の吉田栄作が務め、上野健一氏はそんな番組において審査員として出演し、志願者に鋭い指摘をしていました。
彼の指摘や発言が印象に残っている方も少なくないでしょう。


志願者は進めていきたい事業についてプレゼンしますが、大物起業家の出資予定額合計が希望金額に到達しなければ不成立として扱われ、出資金も受け取れないという仕組みです。
成立した場合は、新規起業者は出資者と相談して開業当日の利益目標についてノルマが課せられます。
ノルマが達成できなかった場合は出資者に厳しい指摘をされるというのが番組恒例でもありました。
志願者のプレゼンテーションは、虚偽・態度・企業計画の甘さがあると厳しく非難されるのがお決まりとなっていました。
一時期はヤラセではないかという噂も流れていましたが、投資家や経営者は実際に出資しており、今のバラエティ番組ではなかなか見られない内容の番組でした。

実業家「上野健一氏」をピックアップ!

上野健一氏は、上記で紹介したバラエティ番組「マネーの虎」に出演し、鋭い指摘をしていました。
そんな上野健一氏の経歴や年収などを見ていきましょう。

1961年2月21日に生まれた上野健一氏は、沖縄県浦添市出身で兵庫県神戸市で育ちました。
独立したのは24歳の頃で、ログハウス村造りにおいて「CCZプロジェクト」を発表しています。
CCZプロジェクトは土地再生における画期的なシステムとして話題となり、休眠分譲地の再開発や再整備に関わる事業展開を進めていきました。
上野健一氏は、28歳で年商100億円を稼ぐ企業に成長させることに成功します。
阪神淡路大震災で被災を経験して以降も、神戸市や寺院、各社の復興や復活に取り組み、土地・企業再生に努めています。
株式会社ZKRを設立したのは2001年で、不動産事業者やリゾート会員権販売業者、都市計画コンサルティング業者としてグループの先頭に立ってきました。
上野健一氏は、高齢化問題にいち早く着目し、シニア世代が望むリタイアができるよう街づくり事業にも携わっています。
一時は年商も約72憶円あったと言われており、相当な資産を実績を構築していたことが伺えます。
実業家として実績を上げた上野健一氏は、現在でも多方面に活躍しています。

「マネーの虎」出演後は?今は何をしている?

「マネーの虎」に出演していた頃の上野健一氏は、志願者に鋭い指摘を飛ばしていることで注目されていました。
そんな上野健一氏は現在、上野玄津という名前に改名し、お寺の住職を務めていることが分かっています。


かつては経営者として大きな企業を立ち上げた人物がお寺の住職になるというのはなかなか想像ができないでしょう。
では、どうしてお寺の住職になろうとしたのかということについてご紹介します。

僧侶を目指したのは21歳の時

上野健一氏が僧侶を目指すようになったのは、会社を起業したばかりだった21歳の時でした。
この頃はとても忙しい毎日を送っていたため、持病の喘息が悪化してしまいました。
そこで、神にも縋る思いで垂水神社に参拝し、御真言を唱えて不動明王に祈りを捧げたと言います。
垂水神社を参拝してから数日後、まるで心の奥底から霊感が湧き上がってくるような不思議な体験をしました。
それから喘息による苦しい咳も止まったそうです。
これが、僧侶を目指すきっかけになった出来事と言われています。
28歳の時に総本山金剛峯寺座主の竹内崇峯大僧正から「上野玄津」という僧名を授かりました。

僧侶と経営者という2つの顔を持っていたけれど…

僧侶と経営者という2つの顔を持っていた上野健一氏は、少しずつ真言密教の布教活動をメインで行うようになっていきます。
今では、すっかり僧侶としての顔になり、世界平和のために貢献しています。
世界的にも評価をされていることから、かなり熱心に活動していることが分かります。

世界でどのような評価をされているのかというと、チベット法王であるダライ・ラマ14世から感謝状をもらったり世界宗教連合会副法王に任命されたりといった評価です。
経営者として活躍していた時代にも多くの名声を得ていた上野健一氏ですが、今は僧侶として多くの名声を得ています。
世界平和に貢献するということは簡単なことではありませんし、それを世界的に評価してもらえるということも非常に難しいことです。
それを成し遂げている上野健一氏は、類稀な才能を持っていたと言えるでしょう。

かつては経営者として多くの実績を残してきた上野健一氏は、現在世界平和のために貢献する僧侶として活躍しています。
これからも様々な場面で世界平和の大切さを唱え、さらなる活躍をしていくのではないでしょうか。
上野健一氏はそれができる人物だと過去の実績からも分かるでしょう。
上野健一氏自身が喘息で苦しんでいたという経験がなければ、今の彼はなかったかもしれません。

「上野健一氏」についてのまとめ

上野健一氏は、「マネーの虎」に出演していた有名な経営者です。
「マネーの虎」という番組は、アイディアは持っているけどお金は持っていない志願者と投資をしたいと思っている経営者の白熱したやり取りが楽しめるというものでした。
その番組に出演していた上野健一氏は、当時年商62億円を有していました。
そんな上野健一氏は、「マネーの虎」が終わってから僧侶として世界的な活躍を見せています。

28歳の時に総本山金剛峯寺座主の竹内崇峯大僧正から上野玄津という僧名を授かってから、経営者と修行者という2つの顔を持って過ごしていました。
しかし少しずつ、僧侶としての活動が増えていき、今では僧侶としての活動だけ行っているようです。
その活躍は、日本国内だけにとどまらずに世界にも広がっています。
チベット法王であるダライ・ラマ14世から感謝状をもらうことができたり、世界宗教連合会副法王に任命されたりするということは、世界平和のためにかなり貢献したという証でもあります。

経営者として多くの経験を積んだことも、今に生きている部分があるはずです。
これからも、僧侶として様々な活動を行っていくことが予想されます。
今後の活動にも注目し、さらなる活躍に期待したいところです。