いなば食品株式会社は静岡県に本社を構える食品メーカーで、缶詰やレトルト食品などを開発・製造・販売しています。
「ライトツナ」や「タイカレー」シリーズなどの製品は安定した人気があり、豊富なラインナップと品質の高さは国内外で高い評価を受けています。
そんないなば食品が力を入れているのが、食品メーカーのM&Aです。
今回は、いなば食品がM&Aを推進する狙いや今後の戦略、事業の将来性に迫っていきます。
いなば食品のM&A事例
2021年9月には、静岡県沼津市で冷凍食品を製造するヤマガタ食品の全株式を取得して子会社化したほか、2023年9月には静岡県焼津市でレトルト食品の製造やOEM(相手先ブランドによる生産)を手がける三共食品の全株式を取得して子会社化しました。
また、2024年3月にはTOB(株式公開買い付け)を通じて、焼津水産化学工業をグループ会社化しました。同社は水産加工技術に強みを持つ企業です。
2025年11月には、静岡市にある駒越食品の株式の51%を取得して子会社化しました。中堅缶詰メーカーの同社は、いなば食品と50年以上のOEM協力関係があり、「いなば ライトツナ スーパーノンオイル」や「いなば ライトツナフレーク 油漬け」をはじめとする食品缶詰の生産委託業務を継続してきました。
県内ではこの他にも、飲料製造のヤマナカビバレッジ、地元静岡由比の桜エビ商品製造を手がける福島久之商店がM&Aによりグループ会社となっています。
地元静岡県での事業集積を推進
静岡県には、いなば食品などの大手からOEM主体の中小まで数多くのメーカーが存在し、「缶詰王国」と呼ばれます。
各メーカーが独自かつ高度な製造・品質管理技術を持ち、県内におけるまぐろ類とかつお類の缶詰生産量はそれぞれ全国トップを誇ります。
そんな中、いなば食品がM&Aを推進しているのは、将来性のある県内メーカーの事業集積を図ることで各社間での連携を強め、より品質の高い商品や目新しい商品などの展開に力を注ぐことにあります。
また、全国的な市場ニーズと技術力を取り込むため、県外の優良な事業者との連携も積極的に深めています。
2020年には愛知県東海市のペットドライフード専門会社のスマックをグループ会社化したほか、2024年には創業100年以上の歴史を持つ愛知県稲沢市のこんにゃくメーカー、ナカキ食品を傘下に収めています。
いなば食品がM&Aを重視する背景
その背景には、いなば食品を含めた県内メーカーが直面している課題があります。
県内メーカーが国内生産の9割超を握るツナ缶は原料の魚価や資材、燃料費の高値が中小事業者などの経営を圧迫しており、各社とも収益は苦しい状況です。
人口減少や少子高齢化に伴う国内市場規模の縮小が見込まれている中では、新たな市場を開拓することが、各社の重要な経営課題となっています。
また、個体数の減少や魚体の縮小に起因する漁獲高の減少による原料調達の懸念を払しょくするため、調達先の多様化を図ることも大きな経営課題です。
さらに、近年は消費者向け製品の多様化や差別化がより一層促進されていることから、メーカーとしては消費者ニーズの多様化に対応可能な体制構築が求められています。
一方、ASEAN をはじめとするアジア諸国では経済が引き続き拡大していくことが予想され、各国の旺盛な需要をどう取り込むかが、いなば食品の事業規模拡大のカギとなっています。
静岡県内での事業集積を進めつつ、県外の事業者との連携も深めていく積極的なM&A投資の狙いは、これらの経営課題を乗り越え、さらなる企業の成長と製品の安定供給を実現することにあります。
いなば食品グループのシナジーは?
買収先の各社が培ってきた高度な素材加工技術と独自の研究開発力は、消費者の健康志向の高まりや食の多様化に応じた幅広い製品開発に大きく貢献しています。
いなば食品グループと、新たにグループ入りした各社が持つ国内外の販売チャネルなども活かすことで、さらなる商品ラインナップ拡充と市場拡大が見込まれています。
例えば、焼津水産化学工業は水産物由来の調味料や機能性素材を製造しており、同社が蓄積するかつおなどの水産物エキス抽出技術を活用し、食品・健康食品事業を強化しています。
一方の焼津水産化学工業も、いなば食品グループの資本力やグローバルな販売網を活用することで、研究開発や海外展開を加速させています。
また、レトルト食品の製造において高い技術力を持つ三共食品は、製造コストを抑えつつ高品質な製品を市場に提供するOEM生産のノウハウに長けています。
いなば食品グループは三共食品のOEM生産能力を最大限に活かし、製品ラインナップを多様化することが可能となっています。
M&Aでは、いなば食品グループが展開するペットフードなど新たな価値創造や、さまざまな機能性素材の開発・応用を進めることによる国内外のマーケットへの多角的なアプローチも期待されています。
グループ入りした各社の業績にもM&Aが好影響を及ぼしており、焼津水産化学工業の2024年度販売実績は133億円、営業利益2.8億円となりました。
ナカキ食品の販売実績も当初見込みを上回る12.5億円に達し、買収によるシナジーが最大限に創出されています。
各社の強みを尊重し、製品・マーケットに新たな価値を創出
2025年度通期予測の売上高は前年比119%の1,980億円、営業利益は同104%の137億7,600万円を見込んでおり、売上高および営業利益のいずれも過去最高を達成する見通しです。
いなば食品グループは中期目標「NS2500計画」のもと、2026年度に売上高2,600億円、営業利益220億円の達成を目指しています。
加えて、2031年度の目標は売上高1兆円、営業利益850億円とし、社員数4万名、海外比率80%と設定しています。
主力のペットフード事業は世界のトップ3を目指し、2038年度には売上高2兆4,000億円を達成して世界トップの水準を目指していく考えです。
グローバル市場も見据えた事業の将来性の高さを維持していくため、いなば食品はM&Aを重要な戦略と位置付けています。
しかしながら、いなば食品のM&A戦略で一貫しているのは、目先の利益を追って企業買収に投資した分を回収するということではありません。
将来性のある企業やブランドを高く評価し、各社の強みを尊重したうえで、新たな価値を提供する製品・マーケットを共に創り出すという強い意志を貫いています。
いなば食品グループの事業は冷凍食品製造業、ペットフード製造業、飲料製造業、レトルト食品製造業、こんにゃく製品製造業などと多様化している中、複数のM&Aで培った知見をもとに、M&Aを活用した買収先企業の事業拡大も支援していくことも期待されています。
まとめ
中小・零細企業が多数を占める食品製造業界において、多くのメーカーにとっては設備・拠点投資の負担が重く、後継者問題や老朽設備更新の課題を抱えるケースも少なくありません。
こうした中、全国では既に広域の工場ネットワークや物流網を持つ企業が、中小規模の地域工場をM&Aによって取り込み、生産拠点の最適配置や設備投資の集約、稼働率・歩留まり改善、物流距離の短縮によるコスト削減といったスケールメリットの最大化を図っています。
また、人口減少・高齢化・実質所得の目減りという構造的な課題も立ちはだかる中では、高付加価値や健康志向、簡便・時短、サステナビリティといった成長軸をどの程度カバーできるかが、企業の将来性を左右することになります。
ただし、中小・零細企業が単独で新カテゴリー・新チャネルを開拓するには多くの時間と投資が必要です。
そのため、市場において一定のポジションを確立し、将来性のある中小・零細企業をM&Aで取り込むことは、ポートフォリオ転換・需要構造の変化への対応を加速させる有効な手だてとなり、それが地域にとって欠かせない産業を守ることにもなります。
いなば食品は、江戸後期にあたる1805年(文化2年)の創業から現在まで静岡県に根を下ろし続け、地元経済の活性化や漁業の存続、環境の美化・保全活動などに力を注いできました。
「静岡から世界へ」をスローガンに掲げ、本格的なグローバル展開に乗り出している企業として、M&Aによる事業集積でグループのシナジーを高める戦略にシフトしたのは必然的な流れだったのかもしれません。
いなば食品グループは、これまでも「ライトツナ」や「CIAO ちゅ~る」など画期的な製品を通じて新たなニーズをつかんできました。
いなば食品は、M&Aによる事業多角化をテコに、グローバル市場での競争力をさらに高めようとしています。

